事前準備
交渉の成否は、事前にどれだけの準備を重ねたかによって決まることが多い。誰と交渉するのか、相手は何を求めているのか、そして全員が望むものを手に入れるにはどうすればよいのかを完全に把握することで、極めて成功率の高い交渉戦略を策定できる。
交渉の事前準備において、適切な答えを見つけることよりも、適切な問いを立てることのほうがはるかに重要である場合が多い。問いは時間が経っても変わらない傾向があるのに対し、答えは交渉の進展次第で瞬時に変わり得るからだ。
適切な問いを見つけるには、まず「5W1H(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように)」の問いを自分自身に投げかけることから始めるとよい。例えば以下の通りである。
誰と交渉するのか? 意思決定者は誰か?
何のために交渉するのか? どこまでなら受け入れられるか?
交渉はいつ行われるのか? いつまでに合意を取り交わす必要があるか?
交渉はどこで行われるのか? 各人の着席位置はどうなるか?
なぜ相手はこちらの条件に合意するのか? なぜこちらの条件に合意しないのか?
異論や反論にはどのように対応すべきか? 相手を説得してこちらの条件に合意させるにはどうすればよいか?
誰が意思決定者であるかを突き止めることは、交渉前に必ず答を出しておくべき極めて重要な問いである。相手にこちらの条件を受け入れるかどうかの最終決定権がなければ、見当違いの相手と交渉することになりかねないからだ。
相手がこちらの条件に合意する、あるいは合意しない理由を把握できるかどうかは、通常、交渉において自身がどれだけのレバレッジ(優位性・交渉力)を持っているかに左右される。こちらが圧倒的なレバレッジを握っていれば、それが相手の合意する理由になる。もしレバレッジが皆無なら、自らの条件を検討してもらうための理由を、極めて創造的に考え出さなければならない。
相手を説得して自らの条件に合意させる方法を見出すこと、そして相手が抱くあらゆる異論への対応策を知ることこそが、交渉準備における事前作業の真価であると言える。相手からどのような反論が出るかをあらかじめ把握し、それに対処する説得力のある論拠を用意しておけば、合意形成を阻む障害を克服できる確率は格段に高まる。
交渉前に問いの答えを見つけるためのアプローチは、概して2つある。「リサーチ(調査)」と「対話(関係者への聞き取り)」である。
リサーチは事前準備の土台であるが、多くの人は調査に十分な時間を割かず、交渉当日に「ぶっつけ本番(即興)」で臨むことを選びがちである。だが現実には、交渉案件が複雑であればあるほど、より多くのリサーチ時間が必要となる。
例えば、社内パーティーの昼食料金についてケータリング業者と交渉する場合、希望するメニュー、その業者の通常の料金体系、そして競合他社が同じメニューに設定している価格を事前に把握しておくべきである。他のケータリング業者に問い合わせて相見積もりを取り、その見積もりを交渉材料として持ち込むこともできるだろう。
ケータリングの値下げ交渉のためのリサーチなら半日で済むかもしれないが、国連で気候変動に関する多国間協定を交渉するとなれば、半日どころではない時間を確保しなければならない。それほど重大な交渉であれば、数ヶ月にわたる事前準備を行うのが妥当であり、賢明でもある。
リサーチを行うことに加え、人々と対話することも不可欠である。適切な相手と適切な対話を交わすことで、驚くほど多くの知見が得られる場合がある。
例えば、交渉前に新規顧客と話すことができなくても、既存の顧客に話を聞くことは可能かもしれない。自社製品のどのような点を評価し、どのような点に不満を感じているかを把握できれば、既存顧客との対話を重ねるほど、見込み顧客からの質問に答える準備が整うことになる。
別の例として、自チームのプロジェクトの納期延長を交渉する場合、周囲に聞き取りを行って、他のプロジェクトが延長を申請したことがあるか、それが承認されたか、そしてどの程度の期間が認められたかを調べることができる。そうすれば、交渉中に「要求している猶予期間が長すぎる」と言われたとしても、進捗がより遅れていた他のプロジェクトには、今回要求している以上の延長が認められていた事実を指摘できる。
人々と対話する際は、交渉相手の「ウォンツ(欲しいもの)」と「ニーズ(真に必要なもの)」の相違についての洞察を得るよう努めるべきである。ウォンツとニーズを区別して理解しておくことで、交渉の議題が多岐にわたっても、アプローチを柔軟に調整できるようになる。
例えば、顧客が低価格を望んでいる(ウォンツ)ものの、特定の日時までに製品を導入する必要がある(ニーズ)と分かっていれば、価格面での妥協は可能でも納期での妥協は不可能であることがわかる。その場合、交渉で相手の納期条件を全面的に受け入れ、そのスケジュールに応じることで得られた好意(グッドウィル)を活用して、残りの交渉時間をより有利な(高めの)価格を引き出すための取引に充てることができる。
どのような調査手法を用いようと、どれほど対話に時間を費やそうと、目指すべきゴールは確信を持って交渉に臨むことである。相手の発言に不意を突かれたり、知っていて当然の質問に虚を突かれたり、異論が出された際に言葉に詰まったりしない状態を作ることだ。交渉の場で過度に緊張すべきではない。もし緊張を覚えるなら、それは単に準備不足であり、事前準備にもっと時間をかける必要があることを意味しているにすぎない。